自称公用車達の宴
根性の洗車道

 

Vol.5 YAMAHA V-MAX

(カナダ仕様)

 
 1989年大館市民になってほどなく買った、今も愛車のオートバイ。『真っ赤な
V-MAXと言ったら大町の明石、大町の明石と言ったら真っ赤なV-MAXなのだ。「誰もつけていないマフラーがいい」とKERKER製の1本出しを組んだら、「下はスカスカBUT吹け上がれば鬼っ速」の強烈マシンになった。SUPERTRAP製のスリップオン2本出しが人気の中(親友若松のV-MAXはコレ、重低音がスゴイ!)、この怪しい爆音は私のマシンのトレード・マークとも言え個人的には非常に気に入っているのだが、以後10数年今日に至るまで、誰一人同じマフラーを装着するV-MAX乗りは北秋田圏域にはいない。何故?

 北海道ツーリングで小樽市の近くで激走中(1速で全開吹け切り120キロ状態の真っ最中)、突如エンジンがドッカーン!&ブローしまくりであまりの急減速でスピード・メーターに顔面強打!・・・マジ死にかけた事があった。V4エンジンのうち1気筒が完全死亡、更に1気筒が瀕死の重傷であった。ドレンボルトを外してエンジンオイルを抜いた時、オイルと一緒に金属片がバラバラ出てきた時は焦ったと言うより超悲しかった。その後は伴走していたバイクに2人乗りで帰り、後日八戸にフェリーで送ってもらった仮修理済みのV-MAXで高速に乗ったのがマズかった。10キロも走らないうちに再びドッカーン!&ブロー・・・エンジンは完全に逝ってしまわれた。バイク屋から死亡宣言を通達されても諦めきれず、何と中古のV-MAXをもう1台買ってエンジンだけ移植して、かなり無理やり復活させた。バイク屋主人からはやはり「何で新たに買った方に乗らないのか?」と言われたが、苦笑しながら「そう言わずに頼むよ」でわがままを押し通した。こんな客と付き合わなければならない同期のバイク屋も大変だなとは思うが、そんな客なんだから仕方がないのだ。

 その後今日に至るまで、どんなに市内のバイク屋に買い替えを勧められても、頑なまでにこの’89V-MAXカナダ仕様に乗り続けている。ただ、電装の具合が今イチどころか今4か今5で、先述若松の最近のV-MAXにかなりの引力を感じてしまう事もあるが、それでもこの愛車は手放す事などできないのだ。XJ同様後援会&選挙事務所に並べられ、スタッフと有権者には呆れられ、何故か乳幼児には大人気のオートバイであった。

 政治家を目指す陶器店の営業時代から現在に至るまで12年間、私と共に駆け抜けてきた・・・遜色なく「パートナー」と呼べる、私の一風変わった愛人