自称公用車達の宴
根性の洗車道

 

Vol.3 HONDA NE50

(クレージュ・タクト)

 1985年に高校を卒業して横浜市戸塚区の住民となった私の人生初の愛車となった記念すべきフィフティ。確か新車で¥160,000位の車体価格なのに、1年間の任意保険代が¥130,000くらいしたのを今でも覚えている。横浜で2年、その後仙台市で2年と次回登場予定のXJと共に学生時代の足として大活躍した。更にその後大館市民になってから現在に至るまでの15年もの間『近場配達最速マシン』として走り続けた

 10,000キロ走破してすぐに焼き付けを起こしたものの、中古エンジンを移植して復活、しかし13,000キロ走破時に再び焼き付いてしまった。「そろそろ成仏させてやれ」とは同期のバイク屋の弁であったが、このメモリアル・マシンをハイそうですかと廃車にはできず再びオーバーホールして強制復活、今日に至る。自分で全面塗装してみたが何せシャッター用のペンキを使った為ムラだらけ、見苦しいトコにステッカーを貼りまくって何とかゴマカしている。ペンキが溶けて色落ちしてしまう為ワックス掛けができないのが難点だが、市内に数台しか動いていないクレージュ・タクト君なので「知る人ぞ知る」の珍車である。尚新車当時の写真はサイト内「明石ひろやすフォトギャラリー」にあるので暇な人は見てもらいたい。

 新人当初これで議会に出勤すると、警備員のおじさんにマジマジと見られたものだ(こんなエグイので、たまにウィリーしながら登庁する議員は絶対皆無であったであろう)。会派の先輩達も絶句していたがV-MAXで爆音出して来るよりはマシではないだろうか?後に出てくる「ホンダ・フュージョン」に日常行動用バイクのバトンを渡した今でも、晴れた日はのんびりこの愛車で走っている。