第参試合

 

明石宏康(ライダー兼市議)

VS

名須川晋(野球審判兼市議)

 

 

ラウンド1 議員定数について

 

 

(先攻は明石ひろやすです)

 

八郎潟にて。何故か鯉の吸い込みでブラックバスが・・・

 

 過日・・と言ってももうしばらく前の話ですが、当市でも定数削減を他ならぬ議員の我々が議論した事がありました(当時のレスが当サイトのBBSに掲載されております)。「議員は区市町村民の代表、削減されれば民意が伝わりにくくなる」との反対意見の一方、「公費削減の理念、市町村合併の視点から勘案して避けては通れぬ大命題」なる賛成意見もあり、自らの処遇の話でもあり複雑な気持ちで討論した事を思い出します。結局当市では28人の定数を現行のまま来年の改選を迎える事で結審しましたが、「現行の定数は多過ぎる」との市民の方からの批判も絶えない現況にあります。私や名須川議員の所属する「東北若手議員の会」のメンバーもいる二戸市では28人の定数を20人に改正したとの事もあり、先のそういった市民の方々の批判の声が未だに耳元に残る現行定数維持でありました。

 当市議会には八木橋雅孝氏なる猛将!?がおり、彼の持論は「15人!!多くても20人で良い」であります。そうなれば下位当選の私など「アスタ・ラ・ビスタ・ベイビー!!」ハイそれまでよ〜なんですが、人間本来の防衛本能と言いますか己の保身欲を泣く泣くかなぐり捨てて申せば、やはり当市に限らず各自治体の議員定数は多過ぎるのではと思います。総有権者数1,000人に対して0.何人とか、人口あたり何人とか数字の上での是非はあると思いますが、先般の法令の改正による「人口10万未満は30名以下」の解釈は妥当な線だと思いました。

 この計算でいくと当市の場合は20人くらいがイイトコだって事になりますし、私もそのくらいが市民の総意を得るに足るラインだと考えております。でも仮にこの枠だけで試算すると15,000人規模の町村の議員は4〜5人がイイトコって事にもなり、これはおかしな話になってしまい、一律にグロスの数だけでは推し量れない微妙さもありますよね。

 でもここでシンプルな視点で・・・「議員は何の為にいるのか?」で考えますと、これは何人ならイイとか、何人なら多過ぎるとか、そういった話からはかけ離れてしまいます。そこで私は思うのですが、本来議員の定数なんか当事者の我々議員が議論すべきものではないと痛感する訳です。そんな事を議論する暇があるなら、議員本分の職責を全うする方に汗を流せば良いのであって、それこそこうした案件こそ我々の雇用者でもある住民が決めるべき事ではあるまいかと思うのです。住民投票の結果、「当市の議員定数は5人になっちゃいましたぁ、テヘ」な〜んて事になったら、私は黙って商工会議所なんかでやってる起業家セミナーにでも通って強制転業ですよ(苦笑)。

 いずれ絶対に客観的に精査議論できないのが自分達の定数に関わる案件でありますから、法令で「定数は住民による直接投票で決めるのが妥当」なんかの見解を示すべきではあるまいかと考えております。私個人の意見では、「全国津々浦々、地方議員の数は敢えて一概に申せば多過ぎる」のがホンネです。

 でも先般の当市の現行定数維持には内心少し安堵・・・・こんなんだから自身らが議論すべきではないと思うのです。民意を優先させれば、こんな我々当事者の複雑な気持ちなど到底通らないのが現実なのでしょうから


 

(後攻は名須川しんです)

 

毎日筋トレしてる常任委員長って日本に何人いるんだろう?

 

 花巻市議会では平成15年4月の統一地方選挙から、議員定数が法律の定数上限である30人からは2人減、現定数からは4人減となる28人と決定しました。

まずは結論いきます。『出でよ!若手議員。出でよ!女性議員』
議会構成は一般社会と同様、男女ほぼ半々、20代から70代まで人口構成に比例していれば世の中、間違いなく一変する!議会は活性化する!
まずは以下の表をご覧あれ。 

花巻市議会2002年4月現在の構成

定数32人

  20代 30代 40代 50代 60代 70代
11

20代 30代 40代 50代 60代 70代

平成7年国勢調査を基にアバウトに作成。

※20代は被選挙権を有する25歳以上から対象とした数値


 これぞ民主主義。各年代層のニーズがそれなりに反映できると思いますし、間違いなく予算の使われ方も違ってくることでしょう。まあ、自分とちょうど層がかち合う脅威の対象も続々と登場してくるわけではありますが…。
 重要なのでもう一度言うけど『出でよ!若手議員。出でよ!女性議員』
プラス『70代以上でも年寄りと言うな。能力とやる気さえあれば年など関係ない!』少子高齢化社会ゆえこの論でいくと、議会も高齢化のトレンドにあるのは気になるけれどもさ。

 自治体の議員定数は最近の法改正(改正地方自治法)によってその上限が決められました。でも地方分権と言われる時代に上限とは言え、これを定めるのは好ましくないのではないかという感を持ちます。2000年に明石さんや全国の若手議員たちとニューヨークシティに行く機会がありましたよね。驚いたことに人口約800万人を誇る大都市にも関わらず、市議会議員の数は51人と非常に少なかった…。そしてそれぞれが弁護士や会計士といった専門分野に通じたスペシャリストも数多くいました。議会制度も議員の役割もかなり違う他国の例と単純に比較してはなりませんが、日本だって政令都市規模で10数人の少数精鋭議会もあっていいし(少数=精鋭とは絶対になる訳ないが)、10万人規模で50人ぐらいいて多様な観点から多岐に渡り意見が述べられる議会があってもいいじゃないすか
 花巻市議会では議論過程において、法定数の上限30人から26人まで幅広い意見が出され、最終的に自分も当初から賛成していた28人案に決定しました。自分がそう述べた背景には厳しい経済情勢において議会自ら模範を示すべきという観点の他に、不本意ながら削減案を述べた方が市民受けするだろうという本音もありました。この定数論が交わされる時に、定数削減=先進派、定数維持派=守旧派みたいな二元的単純的色分けされる傾向にあるけどどんなもんでしょうか。なぜ住民の多くは、議員削減によって自分たちのパワーを敢えて減らそうとするのだろうかと残念に感じる時ありませんか?明石さん。
 でも省みるとその辺は議員側にかなり問題があると思う。なぜならそうした意見の大半は「議員って何やってんの?」「さっぱり何もしないくせに」という不信や疑念から来ているものと推測するから。これは議員側の広報活動の弱さに起因しているものと大いに反省すべきところです。

最後にもう一つの結論。『議員定数なぞ10人でも50人でもいいじゃないか。国は法律で型枠にはめるな。それぞれの議会のあり方はそれぞれの自治体が責任を持って決めればいい。それが地方自治じゃないか』と小一時間問い詰めたい

 

 


 


ラウンド2 若手議員が改革して
いくべき事について

 

 

先攻は名須川しんです


名須川議員は花巻市のみならず岩手県のホープ、超成長株なのです。

 

 『若手議員が改革していくべきこと』そう、やはり議会改革ですね。まずはこっからです。私のホームページ 花巻シティレポートMy Policyの最初に「隗寄り始めよ。まずは議会改革」と設定しています。なぜこうなったかは以下の経緯から。

 自分が一貫して訴えてきたのが議長選挙の際の意思表明制。議長は本会議場で議員全員の投票によって決定しますが、一般的な選挙とは違って一体誰が議長になりたいと意思を持っているか傍聴者やテレビで見ている人には全く分かりません。候補者は投票前の休憩中に、それぞれの議員控え室に挨拶に来て支持を訴えます。これを基に議員たちは、概ねこの候補者の中から選択し投票をするわけです。しかし、いつぞやの議長選では同グループから「自分が出る」「いや私が出る」となかなか調整が付かず、長時間休憩をしてなかなか選挙に入れないことがありました。この間、当局側は議場でずっと待ちぼうけ。傍聴者も「裏で何やってんだ」ときっとあきれ返っていたことでしょう。これぞ、密室政治ってね。別に金のやり取りなどやましい事は何もないですよ。でも、こういう時代だからこそやはり政治は透明性を図り、もっと分かりやすい形にしないとダメ。そもそも新人議員はその候補者の人となりさえ分からないまま投票に臨まなくちゃあかんのななんて…。それぐらいの情報や材料は与えて然るべきじゃないでしょうか
 ただ残念ながらなかなか受け入れてもらえないんですよ、この案。全国的には導入している議会もボチボチと出てきてるようなんですが。その理由は議長選挙は互選だからだと。互選だから議長の意思を持っていない人にも投票できるからと。それも理屈だけど「公正な議事運営に努める」ぐらいの意思を議場で明らかにすべきですよ、議会の代表者足らんとするのだから。自分はこういう最初の最初から直さなければならないと考えているのですが…
     自ら律すべきはまず議会。改革を構造するな。
※詳細はホームページのACTIVE 「66.99. 3.4 定例会第1日。市民に不透明な議長選挙システム。」と「108.99. 5.7 全員協議会開催。」をご覧ください。(編注:当サイト内「わくわく関連サイト」から訪問できます)

 これまで議員になろうとする人は各々の分野の一線で活躍されていた方がほとんどで、知識も経験も豊富でした。例えば花巻市議会では農業を生業としている人が多くいますが、そうした実地体験を基にしている人たちと厳しい農業情勢を議論しても到底かないっこありません。同じく福祉、教育関係は社会民主党、共産党の女性議員の十八番。市街地活性化問題は街中に住む議員の方がより深刻さが伝わるし、リアリティーがある。こんな状況で自分が議会における価値を見出すには、若者の立場として現実や常識にとらわれない新鮮な感覚からの発言、青臭い書生論を述べることではないだろうか。そこに我々若手議員の存在意義があると思うのですよ。そういう意味では独自性が発揮できる分野の1つとして、IT関係が挙げられるところではありますが…(文章にカタカナをちりばめると、なぜか凄いと思われるらしいので楽と言えば楽だという本音もある)。

 ですから自分にとって「名須川議員の発言って他の人と違いますよね」と言われるのが最大の褒め言葉。そう、その一言が一番嬉しいんです
 それには斬新なアイデアの提案しかない。「あ、こういう見方もあるんだ」「若い人はそう考えているんだ」とね。甥のアミーゴを見てるとよく分かります。彼の頭はハリケンジャーとポケモンとウンコで大半が占められていますから。ま、4歳じゃこれが当たり前?としても、やはり10代、20代、30代それぞれ興味の対象は違うじゃないですか。得意なカラオケも好きなアイドルも考え方も話し振りも含め。そんな若者たちが政治に興味を持つなんて事はまず無いに等しい。だけど日常において「こうなったらいいな」という期待と理想は必ずある。でも、そうした意見を行政に述べる機会もないし何らかの組織に属しているわけでもないのだから、彼らのような政治的弱者の声なき声を理解し、ちょっと違う感覚を代弁する存在となりたい…。だからベテラン議員と同じ分野を議会で指摘していては、全く意味がありません。「名須川しんだから」というフィールドを持つこと。そんな存在意義のある政治家に私はなりたい…。だから心ならずも(嘘)モー娘。チェックしたりピクミンとか鬼武者2やったりするわけですな。

 でもよく言われるんです。「お前、たまには農業のことも話せ」「お前の言うことカタカナばっかりでさっぱり分がんねえじゃ」と。
そういうご意見は重々承知の上です。でも付け焼刃の知識を議会で話すことには萎縮しちゃうんですよね。もちろんそうした苦手分野も真摯な態度で勉強していかなければなりませんが、なにとぞ自分のスタンスだけはご理解いただきたいと思います。支持していただいている方には大変お詫び申し上げます。

 

 


 

後攻は明石ひろやすです


ここ数年の写真で最強のマヌケ顔。こんな撮影した川田が憎い・・。



 昨今の我が国の政治に対する国民の不信は・・・何てくだりでとうとうと語るまでもなく、「民意不在」、「談合」、「汚職」などなど政治の悪態をついていたら本当に枚挙に暇がない、この国はどうなってしまうんだろう!?・・・こんな気持ちは私に限らず誰もが一度は感じた事があると思います

 私はこの国の政治体制をバッサリと非難する気はありません。高度経済成長期、崩壊前のバブル成長を支えてきた人達は、「子供(今の我々ですよね)に少しでもいい暮らしをさせてあげたい」、「妻子に少しでもうまいモンを食わしてあげたい」、「家族には人様に笑われない暮らしをさせてあげたい」と、過労死なんて世界に失笑される社会現象が起きるまで懸命に額に汗して働いて今日の日本を築き上げてきました。

 当時の政界にだって「日本を世界の舞台で通用する国家にしよう!!」、「この高い技術力を背景に国際社会に躍り出てみせよう!!」・・・燃えるような情熱を胸に抱いた青年政治家達がたくさんいたに違いありません。ところが一体どこでどう惰眠を貪ればここまで政治腐敗が進んでしまうのか!?と思うほど、今の日本の政治は落日の影を落としてしまいました。「政治家になれたら皆様には必ず恩返しを!」と「我が社(或いは我がヒトか?)の隆盛の為には貴方を政治家に!」の悪循環が織り成す腐敗のシンフォニー、エゴと物欲にまみれた陰湿な政治土壌・・・国を憂う純真で善良な叫び声はかき消され、連日ブラックな政治のニュースは後を絶ちません。国でも県でも市町村でも大なり小なりこうした悪い意味での連鎖体質は変わりません。「そうした腐敗のない街が奇跡的にもあるのならそこで暮らしたい」なのか?、「腐敗をなくする為に踏みとどまって闘う、後先考えずにひたすら闘う」なのか?現在少年少女と呼ばれる次世代に純白のバトンを渡すべき我々若手議員の職責ははかり知れないくらい大きいと考えれば、正直プレッシャーを禁じ得ません。断言するのは非礼やも知れませんが、名須川議員もこうした紙面では到底言えない思いを何度もしてきたのではと思います。「自分には政官癒着、もたれ合いの体質を変える力などあるのだろうか?」、「長い物には巻かれるしかないと言うのか?」・・私にも悔しさと己が非力にこの身が震えた事が幾度もありました。正論を大声で叫んでみてもその声が全く届かない時もありました

 『改革』という言葉は時にとても重くて息苦しいものです。『果たして、市民の負託や信託に応えているか?』・・・100%自信のある議員なんて絶対にいないでしょう。みんなそれぞれ時には挫折や非力を思い知りながら、それでも今度こそ明日こそで頑張っているんだと思います。いつも自分に言い聞かせているのは、「今は全国に点在する小波のような私達でもいつか大きな変革の渦になってこの国を変えていける」、「イエスにはイエス、ノーには勇気と信念をもってノーと言う、それが受け入れられる地方自治の時代が来る」。政党でも派閥でも、ましてや企業論理や地域エゴでもなく、本当の意味での自治の時代を迎える為にも、我々若手議員の意識と視点は常に民意にあるべきでしょう。

 先輩議員や議会制度、自治体運営から優れた部分については真摯に学ぶ、一方おかしいと感じた身近なところから、自身で考え判断し、屈せず、巻かれず、媚びず、変革を叫ぶところから改革は始まると思います。体制派だとか反体制であるとか、そういった与野の別なく、何のやましい環境や背景のない健全な政策論争の場の醸成は最低条件です。ところがその最低の場がなかなかなかったりもします。「そんなんでいい訳ないでしょう!?」と言う勇気、例え有力支持者の依頼であろうがそこに正義と仁義がなくばそれを撥ね付ける勇気、とにかく勇気と情熱をもって仕事をする。各論でどうするとかではない話だと思うんです。川崎市で次回の市議選に出馬する若者のセリフを借りて言えば「我、改革の志士たらん!!」なる熱意と問題意識をもった若手議員が日本中に続々と溢れかえる日が来るのであれば、この国の政治はきっと変われる、いや変わる、そう信じてやみません

 


 

ザ・釈明DX.改

 

 名須川議員からは大分以前に投稿いただきながら、諸般の用事にかまけてアップの時期が大幅にズレこんでしまいました。この場をかりてお詫び申し上げます。

 当サイトのリンクから名須川議員のサイトを訪問できますので、併せてご紹介申し上げます。