1999年6月、配属されたばかりの厚生常任委員会で、生活環境課からの報告事項に委員会審議は暗礁に乗り上げた。その概略は下記の通りである。
広島県大久野島は瀬戸内海に位地するリゾート地。戦時中は旧日本軍の毒ガス製造工場が設置されていたが、終戦とともに連合軍に毒物は焼却、薬品等も処分された。昭和37年から国民休暇村として、海水浴や野外スポーツの場として施設整備が進み、国立公園にも指定されている。平成7年に環境庁が行った環境調査で土壌などから環境基準を上回る砒(ヒ)素が検出された。当地管理者である環境庁では土壌の浄化対策として洗浄処理を行う事を決定、同技術においては国内でも有数の技術力を持つ大館市の「花岡鉱業」に、総事業費20億円のうち8億9千900万円で輸送と洗浄処理を同社に委託した。洗浄される土壌は北九州市に保管されており、男鹿市の船川港まで海上輸送された後、トラックで市内の松峰選鉱場に搬入される。総輸送量は6,400tで6月28日から搬入を開始、7月5日より洗浄作業を開始、10月31日迄に処理を終える。洗 浄処理された土壌はセメントの原料や鉛精鉱にリサイクルされ市内へ搬出される。
砒素や鉛が人体に有害であるだろう事は誰もが知っているが(それでも私はカレーに砒素を混ぜたら死んでしまう程度の認識しかなかった)、選鉱場の洗浄施設に関する知識や、施設から河川へ放流する際の排水基準及び環境基準に関する各数値など全くの素人の私にとって、今回の騒ぎは当初まさに青天の霹靂であった。土壌に含まれる砒素が毒性の弱い五価という種類である事それ以前に砒素に種類があった事自体、砒素は普段食べているコンブやワカメ、ヒジキ、飲用する温泉水などにも含まれている事なども今回の騒ぎで初めて知った。
続いて委託を受けた企業の議会への説明の概要も下記に記しておく。
周辺環境への影響を防止する為作業管理区域を設定し境界を越えて外部に影響を及ぼさない体制にする。
作業区域ごとにモニタリングポイントを設定、毎日一回粉塵の測定監視を実施し、基準値を超えると予想された場合は直ちに対策を講じる。モニタリングは専門業者に委託して大気や粉塵、水質を定期的にチェックし、市に対しても結果を通知する。これに関連して環境庁自然保護局国立公園課より処理中の監督を行う為専任の職員が派遣される。
飛散防止対策としてはヤード周囲に防止ネットを設置する。
河川に放流する浄化水を毎日一回採水して分析する。浄化水は環境基準以下で安全。
情報を公開し、地元にも十分説明して理解を得たい。
上記の環境庁と企業(同和鉱業環境事業本部、花岡鉱業)の議会に対する説明会は6月11日の厚生常任委員会で行われた。改選して初めての定例議会が始まってまだ一週間余りの出来事である。
委員会の審議自体も初体験である新人議員の私にとって、この問題の議論が当時いかに荷の重いものであったかが、今こうして思い起こしても鮮明に脳裏に蘇る。私は「説明を聞く限りでは搬入して洗浄する事自体に問題は見られない。また、花岡鉱業が合法的に行っている純然たる商行為であり何ら違法性もなく、議会がどうこう言うべきものでないかも知れない。しかし不安を感じる地元住民の反対が予想されるので地域感情に十分配慮されたい。」との意見を申し添えた。以下その後の流れを簡単にまとめておく。
6/15、上記の厚生常任委員会同様、環境とリサイクルに関する特別委員会において、環境庁と委託企業による今回の土壌洗浄事業についての説明が行われる。席上で委員の質問に対し市当局は「市民、地元住民が納得するまでするまで強行しない。」との答弁をした。またこれに先立ち、市長も本会議の一般質問の答弁の際「7月にスタートありきではない」と明言している。
6/16、各常任委員会の総括質疑(議員が市長に直接あれこれ聞く)が行われる。性急過ぎるとの指摘を受け市長は「同感。時間をかける事が必要。決して急ぐものではなく、粛々と慎重に意見を出し合って適切に対応していきたい」と答弁する。私は「説明がないまま不安に思っている地域の人もいる」と指摘、これに対して市長は「(搬入、処理)日程は議会と市民の了解をいただかない限り定まらない。市民の了解を得てからだ」と明言、市当局としては市民とのコンセンサスが先決との考えを強調した。
6/17、前日の市長見解を受け新政会は定例会最終日に提出する予定でいた「市民の理解が得られるまで汚染土壌の搬入を延期すべきだ」との決議案の提出を見送った。
余談だがこれにより改選後、新政会の誕生で緊張の高まっていた6月議会だが波乱もなく最終日はわずか25分で終了、地元新聞に「シャンシャン議会」と酷評される。
6/24、事業実施上流地域にあたる市内花岡公民館で地元住民を対象に事業の説明会を行う。住民約70名が出席、市当局の生活環境課長らが企業との事前協議に基づく計画内容などを説明して理解を求める。
住民からは「情報公開の徹底」「今後も類似事業が行われるのか?」「選鉱技術は優れている。排水対策や情報公開をキチンとして実施して欲しい」「計画通り搬入して実施して欲しい、生活がかかっている」等の意見がだされ、当局は「汚染土壌の封じ込めはダメとの国策の流れによる今回の事業実施、処理技術は国内有数であり今後もこういった事業は続く」、「放流水に危険はない」等の説明を行い、環境保全に万全の体制で取り組む計画である事を強調した。
6/26、事業実施下流域にあたる市内松峰児童館で同様の説明会を行い、地元から16人の住民が参加する。
事業実施前からも水質汚濁に対して苦情や要望のあった地域性も反映してか、前回の説明会とは一転して河川の汚染に対して強い懸念が示された。
「従来の問題に何の対策もないまま、また新たに汚染土壌を搬入するのは納得できない」、「県でも水質汚染を認めている。市はそれでも何の対策もしていないではないか?」、「鉱山設備の老朽化が心配」、「環境庁、市、事業者、住民での覚書や安全協定を結ぶ考えはあるのか?」等の意見が噴出、説明会は延々4時間以上かかり結果事業への了解は得られなかった。
6/28、厚生常任委員会、環境とリサイクルに関する特別委員会が合同で松峰選鉱場を視察する。
「事業者にいつまで待てと言えばよいのか?議会としての結論を出すべき」、「安全性の確認ができた、是非早期実施を」等の早期実施を支持する議員と、「企業エ ゴが先行している」、「施設の老朽化が心配」、「時間をもっとかけるべき」等の実施には慎重な議員の真っ二つに意見が鮮明に分かれる。
この視察の模様は各地元民放、NHK のニュースで一斉に取り上げられ市民県民の関心の高さを伺わせた。
7/2、松峰地区の住民を対象に事業者側からは社長、市側からは市長が出席して再度説明会を開く。
事業者社長は「規制は排水基準だが、社内ではこれより厳しい環境基準で対応する。特に砒素についてはどんなことがあっても環境基準をクリアしていく、鉛については努力する。」と明言した。
市長は魚がいるのかとの再三の苦情に対して「互いに納得するまで共同で調べましょう。」と約束した。
7/9、厚生常任委員会でこの問題に関して意見集約をはかる。
「交通、粉塵、水質の安全に万全を期す」、「万一事故の際は、原因が究明されるまで事業を再開させない」、「情報は適宜公開する」、「市民、住民に不安意見がある場合は対応する」、「市としても独自の立ち入り調査を実施する」に5項目の意見を市に申し入れる。
同日開かれた環境とリサイクルに関する特別委員会では「多くの市民が不安を抱えている、市民全体への情報公開を。」、「松峰地区の結論を待たず搬入を行うのか?」、「地元への説明、理解は時間が必要。」等の慎重意見が続出したが、市は「情報公開は徹底していく。」、「事業鉱山保安法に基づき実施される商取引でありその契約に対して市がどうこう言えるものではない」と応酬した。この結果同計画は議会に条件付きながら容認された事になった。
7/12、新政会、社民クラブ、共産党の3会派が同事業への今後の対応を協議する為合同での初会合。
市民の了解を重視して地元松峰町内会総会の決議を待って対応する事になった。
7/14、事業者が市役所で記者会見を行い「議会の了承を得られた」として汚染土壌の搬入開始を明らかにする。
「地元には今後も誠意を持って対応したい。」、「議会の意見を尊重して進める。」、「土壌、廃家電のリサイクルを通して市の活性化、雇用拡大の一助となる事を願う」、「長年の実績、積み重ねを生かし、県や北鹿地区の循環型社会形成の一助になる事を願う」とのコメントを発表する。
7/15、共産党北鹿委員会、大館市議会共産党議員団が「見切り発車」との抗議声明
を出す。
声明では市長責任にも言及している。
7/15、松峰町内会総会が行われるも、結論を先送りする。
7/16、新政会、社民クラブ、共産党の3会派が再び合同役員会を開催。
「情報公開が不十分である。」等の意見が出され、「もっと問題点を究明したい」との認識で一致した。
7/19、松峰町内会で市、事業者を交えた住民説明会を開催。「住民無視」との反発 の声が相次ぎ結論はまたしても先送りされる。
7/21、汚染土壌の第一陣となるトラック17台分、約255トンが搬入される。
市長は「市民が安心できるよう十分に注意して欲しい。合意書も取り交わしている。万一の場合は事業を再開してはならないとの点で合意している。」、
また地元町内会長は「まだ協議中であり誠に残念。憤りを感じる。」とそれぞれコメントした。
また、選鉱場近くの県道では共産党市議らが「搬入反対」などの横断幕を掲げて抗議行動を展開した。
7/22、松峰町内会臨時総会にて投票の結果、賛成28反対16で同問題に対する反対を決定する。
これを受け町内会長が市と事業者に対して「地元は反対」との意志を伝える。
7/26、環境とリサイクルに関する特別委員会で「議会がゴーサインを出したわけではない」との意見が相次ぐ。
市当局は「議会側は意見を付して事業を進めるべきとの事だった。」と応酬し、双方の認識にズレが生じた。地元町内会が反対の態度表明をした事に関して市当局は「真摯に受け止めている。」と答弁した。
7/29、社会民主党大館地方協議会の県議、市議、岩垂元環境庁長官が松峰選鉱場を視察する。
8/3、市が鉱山処理施設周辺の放流水の水質調査を実施。
汚染土壌処理水はまだ未放流でのサンプル採水。
松峰町内会が市、事業者に対して抗議書を、議会に対して申入書を提出する。
9月定例議会、相馬議員、伊藤議員、大坂谷議員、松橋議員が相次いで同問題に関わる市当局の対応のについて批判的見解で言及する。
10/30、「砒素汚染土壌の無害化処理事業」は予定していた6,400t全ての洗浄、浄化を終える。
同社では「技術的に問題はなかったが、今後は効率的に進められるようにしたい。」とコメント。今後の類似事業については「固まれば近々事前協議願を 出したい。」と既に引き合いがある事を示唆した。
以上、長々と説明したがこの間同事業(問題との表現は次第に使われなくなっていった)で市当局と議会は大いに揺れた。与野党の立場がこれほど鮮明に出た問題はこの2年他にない、改選直後の大波乱であった。
雇用の創出と地元経済の振興、この観点から見れば一度の注文が約9億円でこの先いくらでも依頼は殺到する、こんな事業は自治体なら諸手を挙げて大歓迎である。「自主財源の乏しい当市に、税収アップに直結するこんなおいしい話があっていいのか?」くらいの話である、確かに・・・。
しかし委員会で事業者の説明時に聞いた私の質問「放流水を水槽に入れ、庁舎入り口で金魚でも飼おう。市民への安全性のアピールにもなるし。」への事業者の答弁は「鉱山からの排水のみで魚は生きられません、死にます。」だった。そして「放流水は環境基準以下で安全。」の説明が続いた。6/24の市当局の説明も「放流水に危険はない。」であった。
どうしても主観的な考えが先攻してくる。「この事業で一体いくらのお金が大館に落ちるんだろう?」、「あの会社のこの事業が日本一になって全国から依頼が殺到したら、職安に溢れかえっているどれだけの若者達が助かるだろうか?」、「山の灯が消え意気消沈していた花岡の人達の同社への期待はすごいんだろうな。」、「花岡の人達は鉱山のおかげで今までどれだけ支えられてきたのだろう?私と同年代の人の親は自分達若者を育てる為鉱山で汗にまみれてきたんだ。」・・・。
感情論は論理のすり替えと怒る人もいるだろうが、政治に感情がなくなったらその国に未来なんかない。環境問題に主観をはさんではいけない、だが鉱業でも工業でも環境の負荷にならない仕事など皆無であろう。街に人が集まって働く事自体に、多少ならず環境への負荷は伴うのだ。『この町には仕事が足りないのだ、決定的なほど・・・。』
上流域の花岡地区はかつて鉱山城下町で栄え、殆どの人が何らかの形で山の恩恵にあずかり、山の伝統と歴史と栄華の中で暮らしてきた。対して下流域の松峰は地盤沈下や河川の水質汚濁で鉱山とは険悪な状態が続いた歴史のある地域。
それ故上流域は賛成、下流域は反対という結論が出ても、それぞれの地域事情を鑑みれば何ら違和感のない転結と言える。事業内容云々以前に、ここに問題の根の深さがある為事態は混沌となったのである。
新政会、社民クラブ、共産党議員団の3会派の会合の中でこんな意見が出た、「花岡、松峰の地元住民に限らず広く市民に理解を求めるべき。公聴会を開催すべきではないか?」。私は昨年12月一般質問の中で中心市街地活性化に触れ、以下のような質問をした、「市街地活性化事業が、私を含む受益者となる街の人達だけで進められても、周囲は冷めた目で見ているのではないか?顧客となる市民の参画が不十分ではないか?」。
私は保守系議員であり、この事業を行うのは何の疑いの余地もなく同志の企業である。それ故正直な話、客観的に問題を審議するには躊躇もあったし、又発言にあたってはそれなりに勇気も伴った。市民の安全を議論する場に於いてこのような政治的立場が介在する事に、市民への大きな呵責すら感じた。
それでも私は再三にわたって市当局を問いただした、「企業名非公開は依頼主の論理、地元住民は納得しない。市長は環境条例に基づき、事前協議にあたって情報の開示を請求できるのに何故その権利を行使しないのか?」、「松峰とこじれてしまったのは、土壌洗浄事業以前に従来の感情的しこりがある為もあり理解はできる。だが、地元に対して十分な時間が必要ではなかったか?」。
市当局のこの事業に関わる対応には事業者の顔色を伺うような印象が色濃く、地元のみならず市民に対して仁義を欠いたと言わざるを得ない。無論所管部長、担当課長においては、不用意な答弁を厳に控えなければならない故に連日苦悩の日々であった事に、その心中察してあまりないものではあったが。
私は事業内容そのものが反対など決して思ってはいない。事業主の公言した通りに現在顕著な水質汚染もなく、その後の類似事業も何ら問題なく粛々と進んでいる。
ただ、地元住民にはその地域事情故「声に出したくても出す事など決してできない人達」が大勢いる事を忘れてはならない。
市当局と事業主には地元市民に対する最大の配慮と、誠意ある応対を重ねてお願いしたい、何故ならその住民の方達は他ならぬ当市発展と事業主の為に沈黙しているのだから。家の前の川に鉛を流されて、いつでもどうぞと歓待する人など一人もいないのだから。
2001年4月6日、新たに砒素に汚染された土壌の洗浄および再資源化を計画する事前協議願いが提出された。
厚生常任委員会 委員
明石宏康

