1999年6月、配属されたばかりの厚生常任委員会で、生活環境課からの報告事項に委員会審議は暗礁に乗り上げた。その概略は下記の通りである。

 

 

 砒素や鉛が人体に有害であるだろう事は誰もが知っているが(それでも私はカレーに砒素を混ぜたら死んでしまう程度の認識しかなかった)、選鉱場の洗浄施設に関する知識や、施設から河川へ放流する際の排水基準及び環境基準に関する各数値など全くの素人の私にとって、今回の騒ぎは当初まさに青天の霹靂であった。土壌に含まれる砒素が毒性の弱い五価という種類である事それ以前に砒素に種類があった事自体、砒素は普段食べているコンブやワカメ、ヒジキ、飲用する温泉水などにも含まれている事なども今回の騒ぎで初めて知った。

 続いて委託を受けた企業の議会への説明の概要も下記に記しておく。

 

 

 上記の環境庁と企業(同和鉱業環境事業本部、花岡鉱業)の議会に対する説明会は6月11日の厚生常任委員会で行われた。改選して初めての定例議会が始まってまだ一週間余りの出来事である。

 委員会の審議自体も初体験である新人議員の私にとって、この問題の議論が当時いかに荷の重いものであったかが、今こうして思い起こしても鮮明に脳裏に蘇る。私は「説明を聞く限りでは搬入して洗浄する事自体に問題は見られない。また、花岡鉱業が合法的に行っている純然たる商行為であり何ら違法性もなく、議会がどうこう言うべきものでないかも知れない。しかし不安を感じる地元住民の反対が予想されるので地域感情に十分配慮されたい。」との意見を申し添えた。以下その後の流れを簡単にまとめておく。

 



 以上、長々と説明したがこの間同事業(問題との表現は次第に使われなくなっていった)で市当局と議会は大いに揺れた。与野党の立場がこれほど鮮明に出た問題はこの2年他にない、改選直後の大波乱であった。

 雇用の創出と地元経済の振興、この観点から見れば一度の注文が約9億円でこの先いくらでも依頼は殺到する、こんな事業は自治体なら諸手を挙げて大歓迎である。「自主財源の乏しい当市に、税収アップに直結するこんなおいしい話があっていいのか?」くらいの話である、確かに・・・。

 しかし委員会で事業者の説明時に聞いた私の質問「放流水を水槽に入れ、庁舎入り口で金魚でも飼おう。市民への安全性のアピールにもなるし。」への事業者の答弁は「鉱山からの排水のみで魚は生きられません、死にます。」だった。そして「放流水は環境基準以下で安全。」の説明が続いた。6/24の市当局の説明も「放流水に危険はない。」であった。

 どうしても主観的な考えが先攻してくる。「この事業で一体いくらのお金が大館に落ちるんだろう?」、「あの会社のこの事業が日本一になって全国から依頼が殺到したら、職安に溢れかえっているどれだけの若者達が助かるだろうか?」、「山の灯が消え意気消沈していた花岡の人達の同社への期待はすごいんだろうな。」、「花岡の人達は鉱山のおかげで今までどれだけ支えられてきたのだろう?私と同年代の人の親は自分達若者を育てる為鉱山で汗にまみれてきたんだ。」・・・。

 感情論は論理のすり替えと怒る人もいるだろうが、政治に感情がなくなったらその国に未来なんかない。環境問題に主観をはさんではいけない、だが鉱業でも工業でも環境の負荷にならない仕事など皆無であろう。街に人が集まって働く事自体に、多少ならず環境への負荷は伴うのだ。『この町には仕事が足りないのだ、決定的なほど・・・。』

 上流域の花岡地区はかつて鉱山城下町で栄え、殆どの人が何らかの形で山の恩恵にあずかり、山の伝統と歴史と栄華の中で暮らしてきた。対して下流域の松峰は地盤沈下や河川の水質汚濁で鉱山とは険悪な状態が続いた歴史のある地域。

 それ故上流域は賛成、下流域は反対という結論が出ても、それぞれの地域事情を鑑みれば何ら違和感のない転結と言える。事業内容云々以前に、ここに問題の根の深さがある為事態は混沌となったのである。

 新政会、社民クラブ、共産党議員団の3会派の会合の中でこんな意見が出た、「花岡、松峰の地元住民に限らず広く市民に理解を求めるべき。公聴会を開催すべきではないか?」。私は昨年12月一般質問の中で中心市街地活性化に触れ、以下のような質問をした、「市街地活性化事業が、私を含む受益者となる街の人達だけで進められても、周囲は冷めた目で見ているのではないか?顧客となる市民の参画が不十分ではないか?」。

 私は保守系議員であり、この事業を行うのは何の疑いの余地もなく同志の企業である。それ故正直な話、客観的に問題を審議するには躊躇もあったし、又発言にあたってはそれなりに勇気も伴った。市民の安全を議論する場に於いてこのような政治的立場が介在する事に、市民への大きな呵責すら感じた。

 それでも私は再三にわたって市当局を問いただした、「企業名非公開は依頼主の論理、地元住民は納得しない。市長は環境条例に基づき、事前協議にあたって情報の開示を請求できるのに何故その権利を行使しないのか?」、「松峰とこじれてしまったのは、土壌洗浄事業以前に従来の感情的しこりがある為もあり理解はできる。だが、地元に対して十分な時間が必要ではなかったか?」。

 市当局のこの事業に関わる対応には事業者の顔色を伺うような印象が色濃く、地元のみならず市民に対して仁義を欠いたと言わざるを得ない。無論所管部長、担当課長においては、不用意な答弁を厳に控えなければならない故に連日苦悩の日々であった事に、その心中察してあまりないものではあったが。

 私は事業内容そのものが反対など決して思ってはいない。事業主の公言した通りに現在顕著な水質汚染もなく、その後の類似事業も何ら問題なく粛々と進んでいる。

 ただ、地元住民にはその地域事情故「声に出したくても出す事など決してできない人達」が大勢いる事を忘れてはならない。

 市当局と事業主には地元市民に対する最大の配慮と、誠意ある応対を重ねてお願いしたい、何故ならその住民の方達は他ならぬ当市発展と事業主の為に沈黙しているのだから。家の前の川に鉛を流されて、いつでもどうぞと歓待する人など一人もいないのだから。

 2001年4月6日、新たに砒素に汚染された土壌の洗浄および再資源化を計画する事前協議願いが提出された。

厚生常任委員会 委員

明石宏康