
(『空と風と・・・』イメージレイアウトA)
2:現況考察と「街なか居住」
【序章】と【1】の回顧録では議員の会を中心とした今までの経緯を述べた。ここでは現在の状況を考察し、竹村跡地の利活用について自身の展望を交えながら、その可能性を探る。
始めに17年12月に自民党政務調査会、中心市街地再活性化調査会、まちづくり三法見直し検討ワーキングチームがまとめた『まちづくり三法見直しに関する最終取りまとめ』の要点を振り返ってみたい。国の現行施策・・各省の関連補助金のコンセプトにもなっている土台部分を再確認する・・・
《@中心街衰退の背景》
郊外居住の進展・・モータリゼーション(車社会)の進展・・学校や病院、福祉施設、役所等の移転・・大型店の郊外立地・・商業者の努力不足・・地権者の協力不足・・住民や消費者ニーズから遠のいた
(明石:こうした施策の数々は当時は時流に合致したものであったのではないか?当市で言えば西大館や柄沢、有浦地区などの宅地造成ラッシュ、福祉エリアの郊外建設、片山などへの中心部を囲む形での相次ぐ大型店の開店、「殿様商売」と非難を浴びた大町商店街・・ほぼ国の分析に一致する。消費者の多くが大型店を歓迎したが、衰退の責任は彼等にそっぽを向かれた商業者にもある。)
《A具体的にどうするか?》
住宅や学校、病院、庁舎、事業所や商業施設はいずれも都市の重要な構成要素。拡散型都市構造にブレーキをかける一方、中心市街地では賑わい創出を目的にコミュニティの魅力向上、都市の重要な構成要素を集積促進する。
「この街にどういった都市機能がふさわしいか?」それぞれの街が集約すべき都市機能の明確化を図る。
「事業者の責務」に関する規定を新設する事も検討する。大規模小売業者は退店時の対応等、地域に対してまちづくりへの協力について、自らの社会的責務を求める。
用途地域の制限を強化、目指すべきベクトルを外から内向きに転換する。適正立地を調整する視点を持つ。
大規模集客施設の立地に関しては、広く住民等が参画する都市計画の手続きを通じて、地域のイニシアチブで判断する事ができるようにする。一旦は土地の用途を限定するゾーニング規制の網かけをして、地域の選択でそれを解除する(スモールゾーニング)。
都市機能の拡散を防ぐ為、病院や福祉施設、学校や庁舎など公共公益施設を開発許可の対象とする。
農地は農業振興地域の整備に関する法律等で規制を行なってきたが、都市計画区域外では準都市計画区域の指定外となる。農振解除で農地転用された時は、どの省の土地利用規制も及ばないまさに無法状態であり、大型店の無秩序な立地を誘発している。
今までの中心市街地活性化策は「商業者の視点」に重点がおかれ、「圏域生活者からの視点(ディマンド・サイド)」が不十分であった。
今後は『質の高い生活空間の形成』を目標に、住宅、事業所、文化施設、公共公益施設などの都市機能を中心市街地に誘導する。
中心市街地への住宅供給の促進支援など、「街なか居住」を促進する。
空き店舗を子育て支援、介護、教育等により有効活用する取り組みに対する支援策の充実を図る。
道路占用、使用許可の柔軟化を引き続き行なう。
空き店舗等を活用した障害者施設の施設基準の緩和を図る。
「コンパクト化と賑わい回復の両立」に向けて取り組む市町村に対し、縦割りを排除して各省庁が連携、集中的に支援するシステムを創設する。単独省庁ではない・・総理大臣の認定による省庁連携・・直下的な補助金・交付金の交付を可能とする。
基本計画の認定を受けた中心市街地に優先して次年度交付額を明確化する(ミシン目を入れる)。
「基本方針」にのっとり市町村の目標実現に合致する内容である事、都市機能の集約に取り組んでいる事、実践的な活動に裏打ちされた計画により事業を厳選実施している事、住民など様々な主体を巻き込んでいる事などを支援の判断基準として明確化する。閣議決定により、真に有効な取り組みを行なう中心市街地を集中的に支援する。
地権者への支援措置として、所得税、法人税、固定資産税、不動産取得税等の税制措置を講じる。
「TMOまかせからの脱却」。商工会議所や公益法人等に一任するような現行の体制を抜本的に見直す。多様な担い手の参画を得て、様々な民間事業活動を取りまとめる協議会を新たに設置する。
(明石:後述する私の持論、既存団体に議論の委譲をするような他力本願的なまちづくりは絶対にしない・・竹村跡地利活用を中立・公正に議論し、多くの利活用案を集約・検討する『認定事業者審査会(仮称)新設論』の根幹を成すのが上記である。)
中心市街地活性化への取り組みのリーダーとなる人材の育成支援策を拡充する。
・・・・・「こうした国の激マジ方針を、ここ大館でどう活かすか?」・・・市当局でも本格的な活動が始まっている。市建設部都市計画課が国土交通省住宅局に応募、補助採択となった調査事業の報告書である『街なか居住と大規模空き店舗の利活用による中心市街地再生プロジェクト調査報告書』は秀逸であると思った。30ページに及ぶ第1章の「現況調査」に至ってはここを幾度か熟読するだけで、当市市街地活性化の背景や土台に精通する事ができる。第2章の「基本方針」と第3章の「基本計画」はまさしくプロ、職人の仕事だ。制作に携わったのは(株)都市計画研究所の横山英生氏だ。氏は今や全国の商店街関係者の巡礼地?にもなっている長野県飯田市の中心市街地を蘇生させた立役者だ。関係省庁の法律が不備であった当時、幾度も国と交渉して「該当補助がなければ補助枠をつくる」的な画期的な仕事を成し遂げた人物でもあり、彼の仕事は先述した三法見直し最終取りまとめ策定にも多大な影響を与えている。第4章「今後の課題」では竹村跡地や3団地建てかえについても民間事業者の参入等、多岐に渡って突っ込んだ見解が展開されている。この報告書は大町地区再開発に関する最新必須マニュアルとも言える為、事業参画を希望する者にとっては、絶対勉強しておかなくてはいけないギガ大事な教科書だ。今からでも都市計画課に連絡して、本を譲ってくれと頼めばすぐに無料で入手できるだろう(市には例え在庫が無くとも、増刷して希望者に対して配布する責務がある)。
しかし調査報告書の全てに賛成な訳ではなかった。(市当局の意向や横山氏の持論に逆行する為、竹村議論当初の解体論の時同様・・またしても少数派で今は浮いているが・・・)私は全国に数多く存在するTMOの殆どに対して懐疑的な視点を持っている。確かに横山氏のような優秀なシンクタンクを擁した先述の飯田市TMO(日本政策投資銀行の融資??・・ここにも藻谷氏のような豪腕講師がいるが・・スゴいの一言に尽きる)や、地域特化を前面に打ち出した遠野市TMOのような成功事例は素直に脱帽して認めている。だが、総論で辺りを見回してみる。三法見直し前の中心市街地活性化論議の時代、補助金の拡散波動砲発射状態?で国内の無数の地域にTMOが設立された。ちょうど「都市計画マスタープラン」とかの言葉が流行した頃だ。その多くが今一体どうなっているのか?・・・・
「市民協働のまちづくり」を掲げた数多くのTMOはイベントによる活性化を目指した。だがそうした単発型の繰り返しによる事業では、まちづくり会社の維持費を充当する事などまずできないし顧客の定着もままならない。補助金が切れてからは、具体的な取り組みを継続する事すら困難になり、今はただ現存しているだけみたいな・・言わばゴースト会社的TMOも少なくない。私はそうした行動を起した人達を人括りに失敗例とか無能と卑下する事はできない。傍目は脆弱なTMOでも一生懸命に頑張っている人達は多い・・私は瀕死の商店街の一経営者として、彼等の「この街に元気を取り戻したい」に代表される切実な願いや気持ちが痛いほど良くわかる。だが、結果の出せない・・採算性のない・・自主独立できない補助金頼みのエセ団体にまちづくりを負託する事は商店街の滅亡に直結する危うい行為なのだ。
一般的に市や商工会議所、商店街代表者、地域住民、NPOなどで構成されるまちづくり会社であるTMO、構造的なアキレスとして私は『責任の欠如』を指摘する。出資金を集めているから応分のリスク負担は介在するという方もいるだろう。私はそれにも反論する。例えば「設立したTMOが鳴かず飛ばずだった」とする。通常の銀行融資を得た起業という場合なら、その状況は即ち廃業若しくは倒産を意味する。だが出資者でTMOがダメだったから自己破産などという者はまずいない。「一生懸命やったけどダメだったね」・・みたいな、そこには三流の慰め合いはあっても、責任を追及とか弾劾される者などせいぜい社長くらいだ。その社長であっても家業が連鎖で逝ってしまうような大きなリスクはまず負担していないと言い切っていい。概ねが他薦の頼まれ社長だから必ず退路があるのだ。この『己の人生と進退を賭けた・・一発勝負の潔さの欠如』を私は『責任の欠如』と表現する。協働とか何とか言葉は綺麗だが、何の責任も介在しない者達が会議で言いたい放題「これがあったら」、「これもつくろう」なんてああだこうだぬかす・・・それなりの会議録とか報告書がまとまって計画が策定される・・・資格要件が満たされ交付金がくる・・・会社を設立する・・・ハナから誰にも覚悟のない会社がうまくいくなど単なる妄想・・・こんなお粗末な事例が今日本にどれほど溢れかえっているだろう?私は採算を伴う事業を行なう以上、覚悟と責任を背負った者(総論で意欲と情熱ある非TMOの民間事業者の代表以外あり得ない)・・がリーダーとなって事業を牽引し、地元と市民の賛意を集める事が成功への最上の策であると強く信じている。
竹村跡地利活用の議論の主流になっているのが民間資金の活用である事は、一般質問などでも幾度も論じているのでここではその手法に絞って考察する。現在は大町住宅建てかえについて大きな括りで3つの手法からの選択が問われている。竹村跡地のケースもこの議論に焦点が当たると推察される為ここで検証してみる。感想も交えその手法を簡潔に下記に記す。
@:施工者・・大町地区まちづくり協議会&事業協力者・・民間事業者の手法。地元商業者が基本計画作成?工事発注?建築確認申請?必然的にディベロッパー(開発行為者)も?ノウハウのノの字も知らない我々商業者が各論プロ丸投げの他力本願、経験者皆無での同手法はまさに無謀。計画区域決定にも地元が大きく介入するのでは「自分の会社敷地も区域に入れて」みたいな不心得者が続出するのは明白。結果、「また大町に補助かよ」、「フツーそこまでやるか?」的な不満を感じている地元以外の多くの市民の不信や失笑、罵倒を一身に浴びる事態になりかねず・・・私はこれには断じて賛同しかねる。
A:施工者・・民間事業者の手法。ディベロッパーから地質調査、計画作成から工事、各種申請まで全て民間事業者が行なう。私の先述した「覚悟と責任論」に最もスィングしている手法。大町住宅の地権者が「自分達にはリスクを負担できないからこの手法がいい」と言っているが、支持理由は全然違えど選択が合致。
B:施工者・・大町地区まちづくり協議会、特定業務代行方式の手法。3つの中でもやや難解な手法。委託契約は確かに介在すれども@に類似する部分が多く、先述の見解でこれにも大いに疑問。
正直、この議論が始まっていつも迷う事がある。『地元もリスクを背負って事業参画すべきだ』とする意見には私は賛成だ。だが、「参画しない」と「参画できない」では意味が全く違う。疲弊した商店街では、15億〜20億の負債など背負うどころか融資の窓口でお茶を一杯飲まされて笑って帰されるのがオチだ。ぶっちゃけ1億の融資でも受けられる小売商人など当市では1%以下だ。上記Aの説明で地権者らが述べた「負担できない」といった意見は背伸びのない商業者のホンネだ。ところが一方では、商店街の誰もがリスクを回避したかのような「誰かお願い」みたいな姿勢でいいのかといった考えが脳裏をよぎる。この矛盾に私は迷うのだ・・・
@:意欲ある多くの事業家達を大町に招き入れる・・・外部の強い資本を結集、投下して活性化の起爆装置にする。地元のプライドや見栄など思い切ってドブに流してしまえ。街区再生こそ、今何より成し遂げねばならぬ唯一無二の命題。
A:自分達商業者が切腹覚悟でありったけの資本を持ち寄り、背水の陣で臨むべきだ・・・覚悟と責任の先にしか再生の道はない。
・・・両論何れも間違ってはいないはずだ。こうした矛盾もあり私の持論は時に錯綜もしたが、結果「もとよりその判断など自分達地元商業者がすべきではないじゃないか」なる殆ど強引な思いでこの話を括った。だが、これが後日、自身の政策の起点になった。
市内には竹村跡地利活用と大町再生に関して、真剣に考えてくれている事業家や市民が数多くいる。ある時、私の見解と全く違う方の意見が商店街に寄せられ拝読させていただいた事があった。反論する論点をあれこれ見つけては「一度も今の竹村見ないで生意気ぬかすな」とか・・そんな負けず嫌いなホンネも確かにあったが、全文読んで何よりも私が一番痛感したのは「地元商店街の将来をこんなに真剣に想ってくれて本当にありがとう」だった(コピーは今でも私のオフィスの竹村資料箱に大切にしまってある)。大町への過度な資本投下に不満や怒りを感じている方でも、当市から市街地が消滅する事を心から望む人など誰一人いないと信じたい。私はあらゆる見解を含め、こうした多くの人達の意見を参集・検討できる中立毅然とした第3者機関の設立が急務だと結論づける。
情熱ある民間事業者が覚悟と責任を胸に秘め・・・当市全域の市民の賛意を数多く得られるまで対話を重んじ・・・人が絶えず行き交う街を目指して計画を策定していく・・・多くの企業や団体が計画に賛同して事業参画を申し出る・・・政治家や大企業の暗躍を許さず、毅然たる姿勢で事業を協議できる・・・そんなテーブルができたら、そこは紛れもなく大町再生の最後の夢の砦である。「街なか居住」の住宅に併設するのは公共公益施設には限らない。アミューズメント型やテーマに特化した施設など、そのバリエーションは無限だ。事業参画希望者の数だけ、様々な活性化のアイディアが溢れるだろう・・・そこは紛れもなく大町再生の希望の泉である。私は近い将来、この話が絵空事などでは決してなく、必ずや実現できる日が来る事を強く信じている。『竹村跡地認定事業者審査会(仮称)』の設置議論はこれからが本番だ・・・。
To be continued.......